NOOS LECTURE 2009 DVD Resale 02

PD0072
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商品番号:PD0072

NOOS LECTURE 2009 DVD Resale 02

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※本DVDは2009年から2010年にかけて発売された「NOOS LECTURE 2009 DVD」のVol.3とVol.4を再録した復刻版DVDとなります。

02 : 受動的なものから能動的なものへ

DISC1 / 人間の無意識とは何か
DISC2 / 次元観察子とケイブコンパス

古代ギリシアの悲劇作家ソフォクレスが書いた傑作『オイディプス王』。父を父と知らず殺し、母を母と知らず犯すこの哀れな王は彼の中では何一つ間違ったことをしでかしたわけではない。むしろ、彼は与えられた逆境の中で逞しく育ち、かの化け物スフィンクスを倒して英雄にもなり、自ら民衆のために良き王であろうと努めた誠実な王だった。しかし、定められた運命というものに変更の余地はない。彼は、預言者が見たビジョン通り、父を父と知らず殺し、母を母と知らず犯す。
問題はこのオイディプス王とは何者なのか、ということだ。フランスの哲学者ドゥルーズとガタリは『アンチ・オイディプス』というタイトルのセンセーショナルな本を書き、人間という生き物自体がオイディプス的一生を余儀なくされた呪われた存在ではないかと人間が持った歴史的進展を一喝した。確かに考えてみればそうだ。僕らは自らの出自について何も知らない。ひょっとして人間を作り出した父なる意思のようなものがあったのかもしれない。それを神と呼ぶならば、神は科学的精神の確立のもとにもうとっくの昔に殺されている。さらに科学的精神が作り出したテクノロジーの方はどうだろう。テクノロジーが生み出した様々な機械は母なる自然を切り刻み、まさに陵辱の限りを尽くして自然の秘密を吐かせ続けている。と言って、科学技術に悪意があるわけではない。科学的精神を送り出した人間理性というものは父を父と知らずに殺し、母を母と知らずに犯し続けているだけだ。
神話の中ではオイディプスは最後は盲目の旅人となって放浪した後、朽ち果てて死ぬ。人類は果たしてオイディプスの運命をそのまま辿ることになるのだろうか。

disc.1&2の資料はこちらから


DISC3 / 人間型ゲシュタルトとは何か
DISC4 / 人間の外面と内面の顕在化

ヌーソロジー的宇宙観への第一歩は空間認識の変容に始まる。そのトリガーが「反転した空間」の認識への浮上だ。僕らは科学的理性が発明した時空という概念にあまりに縛られていないだろうか。宇宙が半径137億光年の広がりを持ち、地球はその中に存在するちっぽけな一つの惑星にすぎないということは今や誰もが疑わない常識となっているが、巨大な宇宙⇔ちっぽけな人間という対比は僕らの生の力を矮小化し、脆弱化するのに一役も二役も買っている。パスカルは「人間は考える葦である」と言った。人間は確かに宇宙の片隅に生きる葦のような脆弱な生き物にすぎないが、思考するという偉大な力を持っている。だからこそ人間は宇宙をも包み込むことができる巨大な存在なのであると——。
物質世界という同一性の中に投げ込まれてしまうと、人間は確かに矮小かつ脆弱な存在だ。しかし、そうした物質世界が現象化しているのは、僕ら人間ひとりひとりの意識の中においてであるというのもまた否定しようがない事実である。つまり、秘教的伝統が言ってきたように、宇宙は「いま、ここ、わたし」という聖なる場所性の中に収まっているという言い方もできるということだ。問題はこうした永遠の相について知的に語る言葉やビジョンがなかったということこれにつきる。 こうした永遠の相へと思考を用いて入り込む方法。それが空間に対する反転の認識だ。このビデオでは認識を反転した空間へと潜入させていくための基本的なビジョンを執拗に解説している。反転が理解できたときは必ずや君たちの意識に激震が走ることだろう。ヘルメス文書にあるがごとく、全きヌースは雷鳴の轟きのようにして到来する。

disc.3&4の資料はこちらから


収録年:2009年 |再生時間:6h55min. | 画面サイズ:4:3