NOOS LECTURE 2009 DVD Resale 03

PD0073
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商品番号:PD0073

NOOS LECTURE 2009 DVD Resale 03

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※本DVDは2009年から2010年にかけて発売された「NOOS LECTURE 2009 DVD」のVol.5とVol.6を再録した復刻版DVDとなります。

03 : ほんとうの他者に出会うために

DISC1 / わたしは一体どこにいるのか
DISC2 / 4次元時空と4次元空間

たとえば、君は誰?と誰かに聞かれれば、僕は真っ先に自分の名前を相手に告げ、それから住んでいるところや職業など、自分に関する様々な説明に努めるだろう。しかし、そうした通り一遍の答えが「君は誰?」という質問の答えになっているとはとても思えないのが当の僕だ。名前や住所、職業などといったものは、すべて僕に張られたレッテルのようなものであって、僕自身が何者か?という答えにはなっていないと僕は感じる。僕は僕自身の中で僕が何者であるかを知りたいのであって、社会的なアイデンティティーとしての僕のことが知りたいわけではない。名前や、生い立ち、それに僕が持った性格などは、受動的にこの世界に産み落とされた僕に貼付けられた能書きのたぐいであって、僕自身の本性はというと、むしろ周囲によって言葉を授けられる以前の生まれたての純粋な意識の中にあったような気がする。
さて、この生まれたての僕は「見ること」とともに現れた。ほんとうは「見ること」の中に「見られること」があるにもかかわらず、「見ること」は「見られること」の中に「見ること」があると勘違いしてしまった。こうして、僕の意識は「見ること」における意識よりも「見られること」における意識を優先させ世界を見るようになってしまった。
たとえば「見ること」においては僕は動いていない。動いているのは世界の方だ。しかし、動いていない自分を言い表す言葉を僕は何一つ持っていない。このことは深刻な問題だ。なぜなら、そうした自分こそがかけがえのない僕自身なのだから。見ることと見られること——この二つの出来事が居住する空間の区別をまずは思考で明らかにしなければならない。

disc.1&2の資料はこちらから


DISC3 / 神話を通したシリウスのビジョン
DISC4 / 背中合わせの自己と他者

プラトンに「饗宴」という作品がある。『饗宴』は登場人物がそれぞれ愛について語っていく形式になっているのだが、その中で喜劇作家のアリストファネスが語る「愛の起源」についての寓話がヌーソロジーぽくってとても面白い。
アリストファネスによれば、太古の昔、まだ人間が生まれる以前に人間の原型となるべく原-人間のようなものが存在していたという。この原-人間は二人の人間が背中合わせでくっついたような格好をしていて、顔が前後に二つ、手足が各四本づつあって、周囲360度を一挙に同時に見渡せたらしい。原-人間は頭がよく、力も強く、いたずら好きだった。すっかり増長した原-人間たちはやがて神々の言うことも聞かなくなり、最高神ゼウスの怒りを買う。ゼウスはこの厄介者の原-人間たちの力を弱めるためにウラノスに命じて雷光で半分に断ち割いた。その割いた傷口を結んだ跡が今の人間の臍だという。傷口はもともと背中側にあったのだが、ゼウスはその傷跡が見えるように原-人間の首を逆方向に回転させた。臍を見て神の懲らしめを思い出させるようにしたのだ。こうして今の人間が生み出された。それからというもの、人間は自分の失われた半身を追い求めるようになった。それが愛なのだ、とアリストファネスは言う。
さらに付け加えれば、この原-人間には三つのタイプがある。一つ目は男と男が背中合わせ、二つ目は男と女が背中合わせ、三つ目が女と女が背中合わせだったそうだ。それぞれ順に太陽の子、月の子、地球の子と呼ばれた。いやあ、ほんとうにヌーソロジーっぽい。このVOL.6を見ればアリストファネスの寓話の言わんとすることがはっきりと分かるかも。

disc.3&4の資料はこちらから


収録年:2009年、2010年 |再生時間:8h7min. | 画面サイズ:4:3